TVを見ると不思議な世界が広がっている・・・

珍しく、TVを朝つけてみるとニュースで教育再生の話をやっていました。道徳を徳育として構築するらしいことを言っています。これって、単なる言い換え?不思議な話です。

道徳教育って何?規定されるものが不明確だから、名称を簡単に変更できるのかな?なんって、ふと思ってしまいました。名は体を表すのならば、名を変えることは・・・??道徳教育をする!道徳という看板は反対が多いので、徳育にする・・・羊頭狗肉ですかね?

さて、道徳って?辞書的な説明では「人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く。(大辞泉)」とされています。

道徳なんってやめてしまい、民法・刑法の講義でも小学校からすれば良いだけでは?何って思うわけです。法はその源泉になる、民族の共同の確信が存在します。それに基づいて法は作られます。その意味では法は、道徳のうち、人間が守るべき最低限度の規範を定めています。なぜ、こういった規範が定められたかを理解させることが、教科的なあり方のような気がします。

まあ、私も歴史法学の研究などやりましたが・・・色々と専門がありまして・・・

日本の教育って、公民教育の部分がずいぶんと欠落しているような気がします。社会という科目は、もっと広く、社会一般の事柄を教えるべきではないかと思うのですが・・・民法や刑法の規定の成り立ち・・・人の迷惑になる行為を罰する、社会秩序を破壊する行為を罰するために、民法や刑法が定められているのですから・・・

窃盗はなぜいけないか?物を取った人間にとってはそれはより良い生活を希求する手段であったかもしれないが、物を取られた人は、それによってよりよい生活を希求する手段が失われてしまった。他人のより良い生活を希求することを妨げるのは良くないことである。これは社会秩序に反する行為の代表として、刑法では窃盗罪という名前を付けて、このような行為を行ったものに対して、刑罰を社会秩序の番人である裁判所の名をもって課すというようなことでも教えれば済むのでは?なんって思います。

ついでに、ニュースで変なことを言っていましたっけ。教育再生の話ではなく、少年刑務所での話ですね。受刑者は、罰として自動車修理や、畑仕事をしています。確かこんな言い方をしていたような?自動車修理や畑仕事を罰として行っています。だったかな?とにかく、こんな具合で、労役に関しての説明をつけていました。

おいおい、これってひどくないか?自動車整備工場や農作業って罰則で行われているのか?更生の手段として行われているのでは?自動車整備工を職業としている人は、農家は自ら進んで刑罰を受けているのか?生活の糧として刑罰を受けているのか?なんって、くだらないことを考えてしまいました。

なんだか、近頃の日本は変なのかもしれません?まあ、私が変なのかもしれませんがね。TVもたまに見ると不思議な世界を垣間見れるということのようです。
2007.10.24

  

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